2010年 06月 10日
[旅行日程メモ]
(はじめに)
(1日目旅行記) 2010(平成22)年3月13日
(2日目旅行記) 2010(平成22)年3月14日
(3日目旅行記) 2010(平成22)年3月15日
(4日目旅行記) 2010(平成22)年3月16日
(5日目旅行記) 2010(平成22)年3月17日
(6日目旅行記) 2010(平成22)年3月18日 この記事
2010(平成22)年3月18日(木) ⇒ 写真6-①~⑪
1 起床(7:00)、朝食(7:30~8:00)
2 チェックアウト(8:45)、タクシーに乗り込む(9:00)
昨日は「海底世界」の見学後乗せてもらったタクシーの運転手と90元でその後の観光の貸し切り契約をしたが、本日も午前9時からの観光と青島空港までの送りを150元で貸切り契約。そうしたのは、彼のサービス精神が旺盛だったためだ。その運転手が時間どおりホテルの前にお迎えに来たため、大きなトランク2個とともに私たちもタクシーの中へ。今日の見学は、道教の聖山(山勞)山(のごく一部)と青島博物館。昨日と違って今日は眩いような快晴だから、ホテルから東側に走る(山勞)山への道の右側(南側)に見える海の景色が美しい。運転手が車から降ろしてくれたのは、石老人海水浴場。快晴の明るい太陽の下で、美しい砂浜と美しい海が目の前いっぱいに広がっていた(写真6-①、②)。「石老人」はここからはるか先に見えるおじいさんの顔をした大きな岩で、海の方を向いて寂しそうに立っている(写真6-③)。運転手の説明によればそこには、「美しい娘を竜の皇太子に海に連れ去られてしまった哀れな一人の漁師が毎日海辺で娘の帰りを待つあまり、とうとう老人となり、そのまま一つの岩と化してしまった」との言い伝えがあるらしい。
3 (山勞)山観光(9:00~:10:20)
(1)『週刊中国悠遊紀行』NO29「青島と天津」には(山勞)山について「青島市街の東部、黄海に突き出すように(山勞)山がそびえる。皇帝も尊崇した神仙の山である。」「(山勞)山は中国の名山のなかではただひとつ海辺にそびえる山で、周囲の海岸線は87kmにも及ぶ。主峰の巨峰は海抜1133m。東部は険しいが、西部は比較的なだらかで、そのまま青島市街につづいていく。古来、神仙の住むところとされ、秦の始皇帝や漢の武帝がのぼり、唐の玄宗皇帝は人をつかわして仙薬を練らせたという。宋元のころから山中の各所に道観や寺が建てられ、修行の地として知られるようになった。また、文徴明ほか多くの文人が訪れて詩文を残している。現在でも、太清宮、上清宮、明霞洞、太平宮、華楼宮などは道教の重要な拠点で、見どころとなっている。」(山勞)山は水でも有名で、青島ビールも、もとはここの水を利用してつくられていた。」と書かれていた。私たちがこれから行くのは、その中の渡仙坊という道教のお寺らしい。
(2)タクシーはクネクネと曲がる狭い山道を平気で走っていたが、それができるのは今はまだ観光シーズンではないため。観光シーズンになれば山道は歩く人でいっぱいになるため、車で上ることはできないらしい。途中1人20元の入場料を支払い、到着したのは広い駐車場。ここから山の上を見上げると「渡仙坊」と書かれてあり(写真6-④)、その頂上には参道とお寺が見える。当然これを歩いて上り下りするわけだが、こりゃ想像以上のしんどさだ。しかし、ここまで来た以上、チャレンジしなければ。
3)頂上には天運殿があり(写真6-⑤)、僧侶が1人このお寺について詳しく説明してくれた。山の上から海を見下ろしている(写真6-⑥)と、昔この海で漁をしていた人たちがこの山の上に神様が住むと考えたのも当然と納得。写真6-⑦は帰り道の石階段だが、これを見ただけでも上り下りの大変さがわかるはずだ。
4 お茶(10:20~10:45)
渡仙坊の入場券にはお茶のサービスがついているというので部屋の中に入っていくと、若い女の子がいろいろと説明しながらお茶を入れてくれた(写真6-⑧)。説明を聞きながら飲んだお茶は①潮茶、②緑茶、③(山勞)山茶の3種類だが、途中からこりゃサービスというより「実演販売」が主たる目的であることが判明。中国旅行の際いつも思うのは、このようにちゃんと入れてくれた中国のお茶を飲むと美味しいが、お土産として日本に持ち帰って飲むとあまり美味しく感じないということだが、それはやはり入れ方がまずいため?そう思って購入は躊躇したが、せっかくだから結局3種類を言われるとおりの値段200元で購入。もっとも値段をまけてくれなかった分、別途筒に入っていないお茶を分けてもらったから、実質的には値引きしてもらったことになる。
5 青島市博物館見学(11:00~11:30)
お茶を飲むのにかなり時間をとられたため青島市博物館見学の時間が少なくなり、急いで青島市博物館へ。途中映画『CEO 最高経営責任者』(02年)で有名な家電メーカー「ハイアール」の本社を見学したいと運転手にお願いしたが、残念ながらそれは省略。運転手からは「青島市博物館は小さいよ」と聞いていたが、目の前にみる青島市博物館はかなりの大きさ(写真6-⑨)。その内部は右と左に大きく分かれており、各フロアの各エリアには青島についてのさまざまな資料が展示してあった。威海は人口数千人の小さな漁村から今は人口250万人の都会になったが、青島の現在の人口は約750万人。秦の始皇帝が不老不死の薬を求めてやってきたのが青島だからその歴史は古く、博物館内には多くの貴重な資料が展示されている(写真6-⑩)。時間の関係で駆け足で回らなければならなかったのは残念だったが、それでも十分な価値あり。
6 青島流亭空港へ(11:30~11:50)
青島市博物館見学が終わると一路空港へ向かい、空港で運転手と並んで写真撮影した後、昨日と今日の案内に感謝しつつお別れ(写真6-⑪)。
7 青島流亭空港(14:05発NH158便)から関西国際空港へ(16:05着)(日本時間17:05着)
いつものどおり飛行機の中では機内食を食べながらタップリとビールとワインを飲んでいると、約3時間で日本に到着。今回の充実した中国旅行に謝謝!
(はじめに)
(1日目旅行記) 2010(平成22)年3月13日
(2日目旅行記) 2010(平成22)年3月14日
(3日目旅行記) 2010(平成22)年3月15日
(4日目旅行記) 2010(平成22)年3月16日
(5日目旅行記) 2010(平成22)年3月17日
(6日目旅行記) 2010(平成22)年3月18日 この記事
2010(平成22)年3月18日(木) ⇒ 写真6-①~⑪
1 起床(7:00)、朝食(7:30~8:00)
2 チェックアウト(8:45)、タクシーに乗り込む(9:00)
昨日は「海底世界」の見学後乗せてもらったタクシーの運転手と90元でその後の観光の貸し切り契約をしたが、本日も午前9時からの観光と青島空港までの送りを150元で貸切り契約。そうしたのは、彼のサービス精神が旺盛だったためだ。その運転手が時間どおりホテルの前にお迎えに来たため、大きなトランク2個とともに私たちもタクシーの中へ。今日の見学は、道教の聖山(山勞)山(のごく一部)と青島博物館。昨日と違って今日は眩いような快晴だから、ホテルから東側に走る(山勞)山への道の右側(南側)に見える海の景色が美しい。運転手が車から降ろしてくれたのは、石老人海水浴場。快晴の明るい太陽の下で、美しい砂浜と美しい海が目の前いっぱいに広がっていた(写真6-①、②)。「石老人」はここからはるか先に見えるおじいさんの顔をした大きな岩で、海の方を向いて寂しそうに立っている(写真6-③)。運転手の説明によればそこには、「美しい娘を竜の皇太子に海に連れ去られてしまった哀れな一人の漁師が毎日海辺で娘の帰りを待つあまり、とうとう老人となり、そのまま一つの岩と化してしまった」との言い伝えがあるらしい。
3 (山勞)山観光(9:00~:10:20)
(1)『週刊中国悠遊紀行』NO29「青島と天津」には(山勞)山について「青島市街の東部、黄海に突き出すように(山勞)山がそびえる。皇帝も尊崇した神仙の山である。」「(山勞)山は中国の名山のなかではただひとつ海辺にそびえる山で、周囲の海岸線は87kmにも及ぶ。主峰の巨峰は海抜1133m。東部は険しいが、西部は比較的なだらかで、そのまま青島市街につづいていく。古来、神仙の住むところとされ、秦の始皇帝や漢の武帝がのぼり、唐の玄宗皇帝は人をつかわして仙薬を練らせたという。宋元のころから山中の各所に道観や寺が建てられ、修行の地として知られるようになった。また、文徴明ほか多くの文人が訪れて詩文を残している。現在でも、太清宮、上清宮、明霞洞、太平宮、華楼宮などは道教の重要な拠点で、見どころとなっている。」(山勞)山は水でも有名で、青島ビールも、もとはここの水を利用してつくられていた。」と書かれていた。私たちがこれから行くのは、その中の渡仙坊という道教のお寺らしい。
(2)タクシーはクネクネと曲がる狭い山道を平気で走っていたが、それができるのは今はまだ観光シーズンではないため。観光シーズンになれば山道は歩く人でいっぱいになるため、車で上ることはできないらしい。途中1人20元の入場料を支払い、到着したのは広い駐車場。ここから山の上を見上げると「渡仙坊」と書かれてあり(写真6-④)、その頂上には参道とお寺が見える。当然これを歩いて上り下りするわけだが、こりゃ想像以上のしんどさだ。しかし、ここまで来た以上、チャレンジしなければ。
3)頂上には天運殿があり(写真6-⑤)、僧侶が1人このお寺について詳しく説明してくれた。山の上から海を見下ろしている(写真6-⑥)と、昔この海で漁をしていた人たちがこの山の上に神様が住むと考えたのも当然と納得。写真6-⑦は帰り道の石階段だが、これを見ただけでも上り下りの大変さがわかるはずだ。
4 お茶(10:20~10:45)
渡仙坊の入場券にはお茶のサービスがついているというので部屋の中に入っていくと、若い女の子がいろいろと説明しながらお茶を入れてくれた(写真6-⑧)。説明を聞きながら飲んだお茶は①潮茶、②緑茶、③(山勞)山茶の3種類だが、途中からこりゃサービスというより「実演販売」が主たる目的であることが判明。中国旅行の際いつも思うのは、このようにちゃんと入れてくれた中国のお茶を飲むと美味しいが、お土産として日本に持ち帰って飲むとあまり美味しく感じないということだが、それはやはり入れ方がまずいため?そう思って購入は躊躇したが、せっかくだから結局3種類を言われるとおりの値段200元で購入。もっとも値段をまけてくれなかった分、別途筒に入っていないお茶を分けてもらったから、実質的には値引きしてもらったことになる。
5 青島市博物館見学(11:00~11:30)
お茶を飲むのにかなり時間をとられたため青島市博物館見学の時間が少なくなり、急いで青島市博物館へ。途中映画『CEO 最高経営責任者』(02年)で有名な家電メーカー「ハイアール」の本社を見学したいと運転手にお願いしたが、残念ながらそれは省略。運転手からは「青島市博物館は小さいよ」と聞いていたが、目の前にみる青島市博物館はかなりの大きさ(写真6-⑨)。その内部は右と左に大きく分かれており、各フロアの各エリアには青島についてのさまざまな資料が展示してあった。威海は人口数千人の小さな漁村から今は人口250万人の都会になったが、青島の現在の人口は約750万人。秦の始皇帝が不老不死の薬を求めてやってきたのが青島だからその歴史は古く、博物館内には多くの貴重な資料が展示されている(写真6-⑩)。時間の関係で駆け足で回らなければならなかったのは残念だったが、それでも十分な価値あり。
6 青島流亭空港へ(11:30~11:50)
青島市博物館見学が終わると一路空港へ向かい、空港で運転手と並んで写真撮影した後、昨日と今日の案内に感謝しつつお別れ(写真6-⑪)。
7 青島流亭空港(14:05発NH158便)から関西国際空港へ(16:05着)(日本時間17:05着)
いつものどおり飛行機の中では機内食を食べながらタップリとビールとワインを飲んでいると、約3時間で日本に到着。今回の充実した中国旅行に謝謝!







